KDDI

「スマホ1台旅」
KDDI総合研究所/KDDI research atelier/FUTURE GATEWAY
2021–2023年
共同研究プロジェクト

《スマホ1台旅》は、衣服も現金も充電器も持たず、スマートフォン1台(海外渡航時はパスポートも)だけを携えて移動するパフォーマンスである。2017年に上海、ロサンゼルス、ティファナ(メキシコ)を、近所のカフェに立ち寄るような身軽さで訪れた。島国で育った自分にとって「国境」は長らく大きな心理的障壁だった。航空券も宿も決済もスマートフォンで完結しはじめた当時、その障壁をどこまで軽くできるのかを、自分の身体で先取りして試す試みだった。実際には、上海ではアプリだけでほぼ全てが済み、アメリカではカード決済が主流で苦労し、メキシコでは現金がなければ何もできなかった。テクノロジーを駆使したスマートな旅に見えて、その実態は周囲の人の助けなしには成立しないアナログな旅である。この意図的な無防備さが、予測不可能な状況と、それへの即興的な応答を呼び込む。

2021年より、2030年の未来のライフスタイルを構想するKDDI総合研究所の研究拠点「FUTURE GATEWAY」(KDDI research atelier、東京・虎ノ門)において、この作品を起点とした共同研究を行った。掲げたテーマは「移動に対する心身の障壁が存在しないライフスタイル」である。何が移動をためらわせているのか、それはテクノロジーやサービスによってほどけるのかを、研究員とともに検討した。出発点のひとつは、日本のパスポート保有率が2020年時点で21.8%、そのうち約4割が東京に集中しているという、移動可能性そのものの偏りだった。

2022年3月、KDDI research atelier にて最初のワークショップを開催した。行動変容の研究者と、移動を日常に組み込んでいる越境的な生活者を同じ場に招き、前半では「心身の障壁がまったく存在しない究極の移動とは何か、そしてなぜそれが日本で普及していないのか」を、後半ではそこで挙がったハードルを解きうるサービスを議論した。「言葉が通じなかったらどうしよう」「普段のルーティンが崩れる」「時間調整が苦手」といった、旅を遠ざける具体的な声が集まった。私は当初、《スマホ1台旅》で自分がそうしていたように「荷物を減らせる」という能力(Capability)こそが越境の鍵だと考えていた。しかしワークショップと行動変容に関する論文調査を通じて明らかになったのは、能力よりも「動機(Motivation)」と「機会(Opportunity)」のほうが、行動=越境の契機になりやすいということだった。

同年4月には、5年ぶりとなる国内での《スマホ1台旅》(東京—埼玉—山口)を実践した。2017年には現金が必要だった場面のほとんどがキャッシュレスで済むようになっており、技術の進展が実践の質そのものを変えていることを確認する一方で、移動を最後に支えていたのは結局のところ人とのつながりだったという実感が残った。これを受けてフェーズ2では、「旅をしたいが、あと一歩を踏み出せない人」を対象に、「漂流と合流」を軸とした検証を行った。ひとりで漂流することと、その途上で誰かと合流することを同じ仕組みの上に置き、位置情報の把握とコミュニティの設計によって、移動の動機と機会をつくり出せるかを検討している。

これらの知見は、2024年の《流されずに流されていく(Swept Along, but Not Swept Away)》に反映されている。259の国と地域の国旗を描いたポストカードのうち1枚がランダムに手渡され、受け取った人はいつかその地を訪れ、現地からカードを送り返す——期限はなく、最終的に辿り着けなくてもよい。作家自身が越境する作品から、観客が漂流の主体となる作品への移行であり、購入という金銭的な投資と、返送による共同制作者としての参加が、そのまま「動機」と「機会」の設計として組み込まれている。

移動と歩行をめぐるこの関心の全体像については、「歩くこと」をめぐるリサーチに記している。

コンビニのレジでスマートフォンだけを使って支払う
空港の保安検査、緑のトレーに置かれたスマートフォン
夜の上海、川ごしに見る高層ビル群(中国、2017年11月)
昼のロサンゼルスの街並み — ヤシの木と集合住宅(アメリカ)
ゴールデンゲートブリッジを背に、スマートフォンを掲げて立つ(サンフランシスコ、アメリカ、2017年12月)
「MEXICO」と記された国境ゲートを歩いて渡る人びと(2017年12月)
地図アプリを表示したスマートフォンを持つ手
KDDI research atelier でのワークショップ — パネルを立てた会場に集まる参加者(2022年3月8日)
KDDI research atelier でのワークショップ — 円になって話す参加者(2022年3月8日)
KDDI research atelier でのワークショップ — ホワイトボードに付箋を貼りながら議論する(2022年3月8日)

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